ピアノ調律師を題材にした漫画「ピアノのムシ」を友人から勧められたので読みました。
ピアノ調律師目線の感想を、ネタバレなしでやんわりふんわりお届けいたします(笑)
イースタインのピアノが出てくるとは!
第一巻でイースタインというピアノが出てきます。イースタインとは、宇都宮市でピアノを製造していた東京ピアノ工業という会社のピアノのブランド名です。
1970年代は日本国内のピアノ生産が全盛期で、国産ピアノといえばヤマハ・カワイが特に有名ですが、日本人はモノ作りが巧く、品質の高さが世界中から支持されて、今では考えられないほどたくさんのピアノメーカーがありました。
その後、日本経済のバブル崩壊と共にたくさんあったピアノメーカーが徐々に少なくなり、残念ながら、イースタインを製造していた東京ピアノ工業は1990年に廃業しました。
ワタクシ平山響一郎は、イースタインのピアノ工場でお世話になったという経歴があり、とても思い出深いピアノでもあります。
しかも、「ピアノのムシ」第一巻で、海外・国内合わせると数多のピアノメーカー・ブランドが存在する中でイースタインのピアノが取り上げられていることになんだか嬉しくなってしまいました。
早川茂樹氏の著書「響愁のピアノ―イースタインに魅せられて」では、最後のイースタインの研修生としてピアニストの村松健氏と一緒に取材を受けた事を思い出しました。
東京ピアノ工業の廃業から30年経過しているため、イースタインのピアノも製造から30年-40年経過しているものがほとんどなのですが、自分が修行をさせていただいたという事を差し引いてもイースタインのピアノはとても造りがよくて、今でもご家庭で大切に保管・メンテナンスして、まだまだ現役のピアノとして活躍しているのを目にします。
イースタインのピアノはピアノ好きの人の間ではよく知られていて、今でもイースタインの中古ピアノを探している方はたくさんいらっしゃいます。
しかし一般的にはヤマハ・カワイほど知名度は高くないので、第一巻からイースタインというピアノが出てきたことにセンスを感じ、まずは素直に驚きました。
そしてピアノについてしっかりと調べているからこそのチョイスだなぁと感心しました。
はじめは「うんうん」、読み進めると「わかるわー」
ピアノのムシを読み進めていくと、はじめは「うんうん、そうそう、あるよね」という調律師として仕事をしていると必ずといっていいほど直面するいわゆる「あるある」が散りばめられています。主人公の蛭田の振る舞いや物言いなども含めて漫画らしくやや誇張している表現もありますが、その後の展開で「あー、わかるわー!」と思わず声を出してしまうこともあり、調律師の目で見てもかなりリアルな作品です。
調律という作業そのものはイメージしやすいと思いますが、調律という作業が実際に何をしているのかはわかりにくいですよね。
また、調律以外にも整調や整音という作業もありますし、調律師の仕事というのは多岐にわたります。
そんな幅広い調律師の仕事とピアノそれぞれの個性をひとつひとつしっかりと掘り下げている作品で、作者の荒川三喜夫氏はストーリーを描くためにどれだけ丁寧な取材や調査をしてきたのだろうと想像する楽しみもありました。 漫画ならではの繊細な心理描写やドラマチックな展開もあり、ピアノの調律師を目指す方もピアノの演奏を楽しむ方も、その他何かしらでピアノに関わる方も、ピアノとは関りが無くても漫画が好きな方も楽しんでいただける漫画だと思います。
ちなみに、ワタクシ平山響一郎もピアノを直接自分の目で見て手で触ればある程度の状態はわかりますが、ピアノのコンディションを整えるためにはお客様との対話が必要だと考えていますし、主人公の蛭田のような振る舞いはいたしませんのでご安心ください(笑)
余談ですが、イースタインのみならず、ベルトーンというレアなピアノも出てきますし、五木寛之氏の小説として出版されている「ステッセルのピアノ」も出てきます。
ワタクシの実家でもある水戸の平山ピアノ社も実はステッセルのピアノ復元に関わっていたので、五木寛之氏が取材にいらっしゃったこともあります。
現在金沢学院大学で保管・展示されているステッセルのピアノはその存在価値から、おいそれとは直接触れることはできませんが、漫画「ピアノのムシ」を通してピアノの幅広くそして深い世界をたくさんの方に触れていただけると、いち調律師として嬉しいです。