四季がある日本では「どの季節にピアノの調律をすればいいのか?」というご質問やご相談をよくいただきます。
調律Q&Aにも記載していますが、結論としては「築20年程度の一般的な住宅の性能と空調設備があればピアノの調律はいつでも調律して問題ない」という事なのですが、もっと詳しくお答えします!
ピアノの調律をする季節が気になる理由
ピアノオーナーさんから調律のご相談をいただく時に「ジメジメしている梅雨の時期は調律をしても大丈夫ですか?」「暑い夏は調律をしない方がいいですよね?」「冬は乾燥するし、調律しない方がいいですか?」というご質問をいただきます。
ここ数年は酷暑や暖冬など言われることが多くなった印象がありますが、日本には気温が30度を超える暑い夏と、気温が10度にも満たない寒い冬をはじめとした四季があります。
ピアノは鍵盤を弾くとアクションという様々なパーツが連動する箇所を経由して、ハンマーが弦を叩くことで音が出ます。
弦は鉄でできていて、鉄は温度によって伸縮するので、強い力で引っ張られている弦は気温によって伸び縮みして調律が変化します。
弦が音を出すギターやバイオリンなどの弦楽器ではよく知られていますが、ギターやバイオリンの細い弦は温度によってピッチがすぐに変わります。
弦楽器では音叉やチューナーを使って自分でチューニングすることができますが、ピアノは大きくて重くてとてもたくさんのパーツで構成されていて、ピアノの調律には専門の道具や知識が必要になるため、「そう頻繁に調律ができない」ことがピアノの調律をする季節が気になる要因のひとつだと思います。そして、もうひとつの要因が季節による気温の違いだと思います。
「気温でチューニングが変わるけど、自分でおいそれとは調律できない」となると、どの季節に調律をしたらいいのか気になるのは当然ですよね。
しかし、ピアノの調律は「築20年程度の一般的な住宅の性能と空調設備があればピアノの調律はいつでも調律して問題ない」のです。
その理由を解説します。
高気密・高断熱の住宅
まだ空調設備が一般住宅に普及していない昔の日本では、「住宅は夏をむねとすべし」と言われていました。
蒸し暑い夏を少しでも快適に過ごすため、庭に面した縁側を開け放して風が家の中を循環するような造りになっていて、建築材料もまだ未発達でした。
まだまだ一部の富裕層にしかピアノが普及していなかった時代は、まだ住宅の気密性や断熱性という発想自体が乏しかった時代でもあります。
しかし、一般家庭に空調設備が普及し、高性能な建築材料が開発されて、この20年ほどで空調設備の省エネ化のために住宅の高気密・高断熱が進み、法律でも住宅の性能が義務付けられていて、昔の日本の一般的な住宅とは全く状況が変わりました。
夏は30度を超えて40度近くまで気温が上昇しますが住宅内部の温度は外気温よりも低いですし、冬は気温が10度まで上がらない時でも住宅内部の気温は外気温よりも高く、夏でも冬でも少し冷暖房の空調をつければ快適に過ごせます。
そのため、年間を通した気温の変化はあるものの、変化の幅は狭くなり、変化の速度はゆっくりになりました。
住宅の高気密・高断熱化では、ピアノの調律の状況がゆっくりと少しずつ変化するため、日常的にピアノを弾いている方からすると日々の些細な変化を実感することはないと思います。
日常的な演奏では感じられないほどの些細な調律の変化ですので、現在の高気密・高断熱の住宅ではどの季節に調律をしてもピアノに何か悪い影響が出ることはありません。
高性能になった空調設備
エアコンなど一般住宅の空調設備もとても高性能になりました。
ひと昔前のエアコンは温度を調節するだけで「夏は除湿、冬は加湿が必要だ」と今でもいわれ続けていますが、現在では湿度の調整も自動で行ってくれるエアコンが多いですし、住宅性能の向上と併せて快適な室内空間を保ってくれる空調設備として進化しています。
もちろん冬は加湿することでインフルエンザなどのウィルス対策をすることは大切ですが、乾燥しやすい冬に人間が快適に過ごすために行う程度の加湿はピアノにとってもいいことです。
ひと昔前は冬の乾燥した時期にピアノの調律をすると響板という弦の音を増幅する大きな一枚物の部材が割れてしまったりすることもありましたが、ここ20年ほどの高気密・高断熱住宅に設置されているエアコンを日常的に使っていて響板が割れるという経験はありません。
もしもこのタイミングで響板が割れてしまうような場合は、小動物に齧られるなど他に何か問題があるのかもしれません。
一般家庭の調律では「家庭で人間が快適に過ごすために空調を利用していれば、ピアノにとってもいいこと」ですので、ピアノのために無理をしてエアコンをつけないなど日常生活での我慢はむしろ不要で、日常を快適に過ごしていただいていればピアノの調律はいつ行っても大丈夫です。
ピアノオーナーさんが調律を依頼するために普段から気を付けておくこと
現在の高気密・高断熱の住宅で高性能な空調を日常的に気にせず使っていただいて、人間が快適に過ごせる場所にピアノを設置していただいていれば季節を問わずいつでも調律ができますし、どの季節に調律をしても特別にプラス・マイナスになるという事はありません。
ただし、直射日光や空調設備の直風が当たるような場所に設置するのはやめましょう。
ピアノを設置している空間は、住宅が高気密・高断熱になったおかげで年間を通して気温が変化する幅が少なくなりましたが、やはり直射日光が当たると局所的にピアノ本体が熱くなりますし、空調の風が直接当たるとその箇所だけが熱くなったり冷えたりします。
ピアノには木や鉄や布などいろいろな材料が使われていて、鉄だけでなく木や布も温度で収縮しますし、収縮の度合いはそれぞれの材質で異なります。
局所的に温度が変わると、その箇所で木や鉄が大きく収縮して、他の箇所とのバランスが崩れてしまいます。
ピアノに「鍵盤を押してもハンマーが出てこない」や「一部の鍵盤だけ動きが悪い」という症状がある場合は、内部のアクションが隣の鍵盤とこすれて動きが悪くなっていることがほとんどで、いろいろな原因があるのですが、ピアノのバランスが崩れるとこのような症状につながりやすいです。
せっかくお部屋全体の温度変化が少なくなっているのですから、ピアノの設置場所にちょっと気を付けていただき、直射日光や空調の風が直接当たらないようにしましょう。
【結論】ベストなピアノの調律をする季節は?
一年の中でベストなピアノの調律をする季節はありません!
ぜひお部屋を快適に過ごせるようにエアコンなどの空調を日常的に使って、人間にとってもピアノにとっても快適な空間にして過ごしてください。
季節ごとに調律師が気を付けていること
調律を依頼する方からするとあまり関係ないのですが、調律師が季節ごとに気を付けていることがありますのでご紹介します。
ピアノの調律というのは何度も鍵盤をたたいてちょっとチューニングピンを動かすという一見するとあまり動きがない作業に見えますが、実はかなりの力仕事です。
1台のピアノには200本を超える弦が張られています。
それぞれ一本ずつが70-80kgの張力で張られていて、基本的にピアノの調律は弦が緩んで音が低くなった弦をチューニングピンで引っ張って音を正しい高さに合わせるので、チューニングピンを回すだけでもかなりの力を使います。
ただチューニングピンを力ずくで回すわけではなく、ピアノの状態に合わせて何度も何度も少しずつチューニングピンを回すので、調律をしているとどんどん体が熱くなります。
しかし、ピアノは木や鉄、布などのいろいろな材料が使われているので、汗は禁物です。
汗に含まれる水分だけでなく塩分などがピアノの内部に付着してしまうと、材料の劣化につながるため、響 tuning officeでは長袖の着用を徹底し、特に夏に調律をする時には汗の対策に気を付けています。
不思議なことに、私は昔から手汗はかかないんですよ。職業病なのでしょうか?
ということで、ベストなピアノの調律をする季節はなく、いつでもピアノの調律をしているのですが、夏にピアノの調律を依頼していただく場合にはピアノがあるお部屋の冷房の設定温度を少し低めにしていただけるとありがたいです(笑)
逆に、冬はほんの少しお部屋の暖房の設定温度を下げていただけるとありがたいです。